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北欧デザインから学ぶ鹿児島の暮らし。

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北欧デザイン住宅TRETTIO-トレッティオー。
子育てしやすい家がいいけど、インテリアにもこだわりたい。

 

TRETTIOとは、スウェーデンの言葉で30という意味です。

30歳からの家づくりを様々な視点で提案する、
そんなこだわりを込めて名付けられました。

 

先程から「北欧」と何度も出てくる言葉ですが、
北欧諸国とは、一体どのようなところでしょうか?
今回は、北欧諸国についてお話します。

 

1、北欧を代表するキャラクター『ムーミン』

ムーミンは、フィンランドの作家
トーベ・ヤンソンの小説と絵本で
一番下の弟、ラルス・ヤンソンと共に描いた物が
『ムーミン漫画』です。

 

トーべ・マリカ・ヤンソン (女性)
【生1914年8月9日】~【没2001年6月27日】
【出身地】フィンランド ヘルシンキ
【略 歴】画家、小説家、ファンタジー作家、児童文学作家

 

ラルス・ヤンソン(男性)
【生1926年10月8日】~【没2000年7月31日】
【出身地】フィンランド ヘルシンキ
【略 歴】姉トーベヤンソン、兄ペル・ウーロフ・ヤンソン

 

トーベ・ヤンソンは画家でもあり、
ムーミンの原型となるキャラクターは
小説執筆以前にもたびたび描かれていたようです。

 

小説として初めて登場するのは
1945年にスウェーデン語で著された
『小さなトロールと大きな洪水』で、
その後ムーミン・シリーズとして知られる
計9作品に登場するようになりました。

 

1953年から
イギリスの大衆紙「イブニング・ニューズ」に
ムーミントロールの漫画が週に6日掲載されました。

 

トーベ・ヤンソンが漫画を描き
スウェーデン語のセリフをコマに書くと、
語学が堪能な末弟のラルス・ヤンソンが
セリフを英語に翻訳した原稿が印刷されていました。

 

途中ラルスが作品のアイディア自体を提供する時期を経て、
1960年からは直接絵も描くようになり、
完全にコミックの仕事はラルスの担当となり
1975年まで合計73作品が連載されました。
うち21作はトーベの絵です。

 

ムーミントロールたちは、
フィンランドのどこかにあるとされる
妖精たちの住む谷・『ムーミン谷』に住んでいるとされています。

 

ムーミン谷には、
東に『おさびし山』がそびえ、その麓から川が流れています。
その川にはムーミンパパの作った橋がかかっていて、
その橋の先にムーミン屋敷があります。
ムーミン屋敷の北側には、ライラックの茂みがあり、
西は海に面しており、桟橋の先には水浴び小屋がある風景像となっています。

 

フィンランド・ナーンタリにあるテーマパーク、
『ムーミンワールド』に再現されたムーミン一家の家があります。
先祖が暮らしていたストーブをモデルに、
ムーミンパパがひとりで建てたとされています。

 

さっきから
『ムーミントロール』という言葉が出てきますけど
『トロール?』
『ムーミンでしょ?』

 

『トロールって?』って思ったのは
ワタシだけじゃないと思います。
だって、『白いカバ』だと思ってました。

 

いや・・・違うんですよ。
『妖精』らしいです。

正確には、
ムーミンはヨーロッパの童話や昔話に登場する
『トロール』という生き物です。

 

あのカバのような姿は、トーベが10代の頃、
次弟ペル・ウーロフ・ヤンソンと口ゲンカにをした事がありました。
その時に、弟に負けたようですね。

 

その時にトイレの壁に悔し紛れに描いた
『SNORK(スノーク、とても醜い生き物)』として描いたものが、
ムーミントロールのルーツであるとされています。

 

地域や時代によって巨人だったり
小人だったり様々なバリエーションがありますが
人間によく似ていながら
耳や鼻が大きく醜い外見を持つというイメージが共通しています。

 

ヨーロッパ童話などに登場するトロールは、
本当は醜くて低能で乱暴な嫌われ者…
…という設定になっていることが多いようです。

 

【ハリー・ポッターのトロール(ドビー)】

【ロードオブザリングのトロール(ゴラム)】

【アナと雪の女王のトロール】

 

“ハリー・ポッター”にもトロールが出てきましたが、
その作品の中でもトロールもそういう生き物でした。
(欧米でのトロールにおける共通認識は、あんな感じ)

 

しかし、原作者のトーベ・ヤンソン氏が、
嫌われ者のトロールを心優しい可愛い生き物として
生まれ変わらせたのが「ムーミン」です。
※原作でのムーミンの名前は、ムーミントロールとなっています。

 

ネーミングは
ストックホルムの工芸専門学校に通っていた時に
エイナル叔父さんの家へ下宿をしていましたが
勉強の合間に冷蔵庫から
食べ物を失敬しては夜食にしていたのだが、
あるときに叔父から注意され

「このレンジの台の裏にはムゥーミントロールという
お化けがいるからつまみ食いはやめなさい。首筋に冷たい息を吹きかけてくるぞ。」

と言われたことがきっかけであるようです。

 

日本でいうとこの『雪女』みたいなものかな。
国が変わっても似たような事を話しているんですね。

そーいえば、、、。
なんか人間みたいなキャラもいましたね?

確かにいますね。
人間以外の、妖精や小人族(ノームやドワーフ)などと同じ、架空の生き物です。

 

ムーミン谷に住む生き物は、
みんな妖精とかおとぎ話世界の架空の生き物だと思います。
その中でも代表的なキャラクターとして

 

【ミイ】
実は、スナフキンの異父兄のお姉さん。
ちびのミイは真夏の夜に生まれ、
ある時ムーミン一家の養女になりました。
ミムラ夫人が母親で、 スナフキンは彼女の異父兄弟。
ミムラ姉さんとは姉妹の間柄。

 

【スナフキン】
意外と知られていないのが、ミイのほうがお姉さんらしいのです。
公式サイトにもそれらしきことが書いてありますが、
ミイが登場したときには、まだスナフキンはいません。
スナフキンの父親は
ムーミンパパの若いころの友人である「ヨクサル」です。
ヨクサルとミムラ夫人が恋人になった後に
ミイが生まれているらしいです。

 

【ミムラ姉さん】
ミムラ夫人の35人兄弟の中で一番上の子供。
ミムラ夫人に一番似ている。ミイのお姉さん。

人間のような姿をしているミイ、スナフキンやミムラ姉さんも、
人間ではなく、妖精の一種なんじゃないかと思います。

ちなみに、ミイはアニメでも小さく描かれていますが、
原作のミイはミムラ姉さんのお針箱に入ってしまうほど
小さい生き物として描かれています。

 

原作中で登場するキャラのうち、『ムーミンパパの思い出』に登場する
ミムラたちが住む丸い丘の国の王様は
ミムラやムーミントロールたちよりわざわざ圧倒的に大きく描かれているので
人間の可能性が高いですね。

 

ちなみに、北欧諸国には、
ノルウェー、スウェーデン、デンマーク、フィンランドに、
バルト三国(エストニア、ラトヴィア、リトアニア)、
ブリテン諸島、アイスランドを含みます。

 

なぜこんなにも
日本で北欧ブランドが好まれるのでしょうか。
調べてみると、
日本と北欧には、文化や人間性の共通点が多くありました。

 

『贅沢をするよりもシンプルに暮らそう』
という堅実的な考え方が似ていて、
北欧の家具やインテリアが日本人に
多く愛される影響を与え続けているようです。

 

北欧は、夏が短く、冬が長い地域です。
冬になれば、ただでさえ日照時間が短い上に
雪で外出することも難しくなるため、
北欧の人々は家の中でも明るく、
快適に過ごせるようにいろいろな工夫をしてきました。

 

機能性を重視しながらも、
楽しく暮らすためにユニークで明るいデザインが
考えられてきたわけです。

【marimekko(マリメッコ)】

【Lisa Larson(リサ・ラーソン)】
【Louis Poulsen(ルイスポールセン)】PH5

【Louis Poulsen(ルイスポールセン)】LE KLINT

【アントチェア】アルネヤコブセン

家具や雑貨、カラフルな色使いからも、
住まいを明るくしようという気持ちが感じられますよね。

その雰囲気が、
日本でも好まれるオシャレな空間を生み出しています。

 

2、『北欧の照明』はどのようなものがあるのか?。

代表的な照明として

Louis Poulsen
PH5,Moser,AJ Royal
LE KLINT

などが挙げられます。

【ルイスポールセン】
北欧・デンマークの照明ブランド。
創業一族のポールセン一家は、工具・電気用品の販売を手掛けていました。

1924年にパリの博覧会のためにポール・ヘニングセンと
共同で開発した照明器具が高い評価を得て、照明器具の発売を開始。
これが100種類以上のラインナップを誇るPHシリーズの始まりとなりました。
現在では、ルイスポールセンは近代照明のルーツといわれ、
世界の照明デザインに大きな影響を与えている”北欧のあかり”となっています。

 

【ポール・ヘニングセン】
『北欧照明の父』とも言われています。

ヘニングセンがこだわったのが、眩しくない照明です。
目に不快な光を取り除き、やわらかな灯りをもたらすこと。

具体的には眩しさの原因となる光源が目に触れないようにし、
光の反射を押さえながら効率よく明るさをもたらすために、
シェードの形状、素材、仕上げに工夫をこらしています。

1958年に発売された、
デンマークのルイスポールセン社のペンダント照明「PH5」は、
機能的かつ、美しいデザインで高い評価を受けています。

ルイスポールセン社。1874年創業のデンマークのメーカーであり、
多くのデザイナーと名作照明器具を生み出し、
その製品は家庭から公共建築にまで広く普及しています。
そして、その多くが今も現行品として売られています。

 

 

日照に恵まれない地域であることが、美しい照明を生み出しました。

「暗い、寒い冬」

これをいかに乗り切るか、北欧の人々は創意工夫をして考えてきました。

 

夜の長い北欧は日照時間が限られているせいか、室内の明かりを工夫し、
キャンドルなどを上手に使いながら暮らしています。
照明器具にも、光と陰のコントラストが美しいものが多く存在します。

 

北欧の灯りには
さまざまな種類があるということ。
手元をはっきりと照らす明るさ、
目にやさしいやわらかな光、
クリーンな明るさ、
温かみのある灯り。。。
そうした多様な灯りを、北欧の人々はシーンによって使い分けています。

 

北欧の家庭でよく見かける間接照明を生かした光の使い方や
窓辺の装飾には、外の自然とつながるような美しさがあるように思えます。

 

ひとつの照明で部屋全体を明るくしてしまうのでなく、
例えば、
食卓にはペンダントライト、
書斎にはデスクライト、
読書用にはスタンドライト、
リビングにはデザイン照明や壁付けの間接照明、
窓辺用のペンダントライト、
さらに暖炉やキャンドルの火など、
いくつものさまざまな灯りの種類を組み合わせています。

 

その結果、
人々はぬくもりあふれる光、暖かい光をつくりだすことに関して
研ぎ澄まされた感覚を身に付けることとなったと言われています。

 

3、『日本の照明は、明るすぎる』

実際、イルミネーションを見に行くカップルも多いですよね。
それは、光を見て『綺麗』『癒し』を感じるからではないでしょうか?

日本の家庭って、室内の灯りが全体的に極端に明るい国なんです。

 

また、海外の照明は部屋を構成する
インテリアの一部として捉えられており、
そのデザインも優れています。

 

“照明”は、海外と日本の住宅の
1番大きく異なる点と言っても過言ではないのです。

 

そんな中、
シンガーソングライターの宇多田ヒカルが
『Twitter』でつぶやいた言葉があります。

 

『最近、東京のビル・お店・病院も節電のために
照明の量減らしてるけど、正直これで充分明るいじゃん? と思う』。

 

海外で生まれ15歳までを海外で過ごしてきた
宇多田ヒカルの目には、明るすぎるようです。

 

2011年3月11日に
東北地方太平洋沖地震による
地震動と津波の影響により発生した東日本大震災。
震災後には、地震と津波で
発電所などの電力設備が被害を受けました。

 

そして、その地震被害により
東京電力の福島第一原子力発電所で発生した
炉心溶融(メルトダウン)など
一連の放射性物質の放出をともなった原子力事故が原因となり、
電力供給低下が起きました。

 

東京電力管内で輪番停電実施を伴う電力危機が発生、
同年夏季には原発停止の影響が大きくなりました。

 

中東北電力・東京電力・関西電力などの管内で、
2011~2012年 冬季には原発停止により
関西電力・九州電力管内でそれぞれ節電を実施しました。

 

2012年夏季以降も供給不足が懸念され節電が実施された一方、
原発安全審査の妥当性、地元同意を主とした再開の是非、
日本の原子力政策やエネルギー政策などが議論されています。

 

近年、『節電』『節電』とよく耳にしましたが
このような状況が背景にはあるのです。

 

しかし、その一方で
『節電に追われて気持ちが沈みがちになる』
そのような声も上がっています。

 

戦後、ひたすら強い照明を増やしてきた日本人の暮らしですが、
蛍光灯の導入とともに一貫して
“明るさ”を求め続けてきた住宅照明の発展の跡は、
まさに量産志向の歴史であったと言えます。

 

しかし、『暗いから』といって
生活に支障があるのか?という実験をLIXIL住宅研究所が
「住宅空間における照明の効果実験」を実施したようです。

 

幼い頃、両親に
『暗いところで本を読むと目が悪くなるぞ!』
怒られた記憶がありますが、
実際のところ、どんなんでしょうか?

実験の結果は、
一般的な照明よりも暗くても、
読み書きやリラックスに問題がないことを実証したようです。

 

あれ?幼い頃の私、
怒られ損じゃないっすかwww

 

ここ数年、『省エネルギー』が地球的課題である事は間違いありません。
経済産業省によれば、一般家庭における照明器具の電気使用量は、
一年中稼動している冷蔵庫に次いで第2位の約13%を占めています。

 

各部屋ごとにさまざまな種類の器具が設置されているため、
全体の電気使用量が多くなっているのです。

 

照明の省エネには、こまめな消灯が大前提となりますが、
最近ではLEDのように照明器具の省エネ性能も向上し、
より便利で快適性の高いものも登場しています。

 

ほのかなあかりなども楽しみ、
豊かに「減光」する暖色系の暖かさに
『癒し』を求める事も良いかもしれません。

 

住まいに求められる機能の中心は、
心身のリラックスとリフレッシュで、
この面で照明の担うべき役割は大きいものがあります。

 

日本と海外の大きな違いは、
部屋全体を照らすのではなく、明るさが必要な箇所のみを照らしています。

『必要な場所で必要な器具で照らしている』という事です。

日本では照明は
「部屋を明るくするためのもの」という概念が根付いており、
国内の住宅デザインには
「照明は明るければ明るいほどいい」という考えがあります。

 

しかし、海外では部屋のデザイン性や統一感にこだわるため、
部屋の雰囲気に合わせて照明の明るさも控えめにしているようです。
明るすぎず、薄暗い程度の光で
雰囲気を楽しむことが優先されているのかもしれません。

 

日本のホテルのほとんどは、
海外のホテルにならって間接照明を採用しています。
そのため、日常の生活よりも暗いと感じる部屋が多くあります。

 

実際に、出張で泊まるビジネスホテルで
私自身、『暗いな』と感じる事がありました。

また、海外の高級レストランでは、
店内が暗ければ暗いほど高級であるとされている風潮もあるようです。

 

このように日本も海外を見習って、
照らす場所は壁や天井を照らして部屋全体を明るく見せるか、
家具を照らして落ち着いた灯りにすると
オシャレな室内の雰囲気づくりができます。

 

4、北欧諸国の暮らし方に学ぶ

北欧諸国は、幻想的なオーロラが見えるほど、とっても寒い地方。
古くから生活の中で明るい色を使うという文化を持っています。

 

暗くて長く厳しい寒さの冬を室内で過ごす時間が多いという状況から、
「飽きのこないシンプルなデザイン」
「機能的で長く愛用できるような実用性」
兼ね備えた家具が誕生したのではないかという説があります。

 

そこで生まれるデザインは美しく繊細で、派手さとは違う、
心が惹きつけられるような特徴があります。

 

ノルウェーにおいては、冬の日照時間が著しく短いため、
室内照明器具が暮らしの重要な役割を担っているといいます。

その中でも世界でもっとも確立された
デザインスタイルのひとつが、『北欧デザイン』です。

 

朗らかな配色カラーパレットに、
繊細な直線ライン、自然をテーマにした
絶妙なスタイルが人気です。

機能性や、統一性、自然らしさ、いつの時代でも美しいという特長が、
北欧デザインの人気が長く続く理由と言えます。

 

5、北欧を代表するファブリック『Marimekko』

日本で人気の北欧雑貨・家具
自然素材をデザインに取り入れたものが多く、
代表なものではmarimekko。世界各地で親しまれています。
ケシの花を、大きさを統一せずに大胆に配置した「UNIKKO」。

 

マリメッコの創業者はアルミ・ラティアと、その夫ヴィリオ です。
1949年にヴィリオが買収していたオイルクロスと
※プリントファブリックの会社 「Printex」に入社したアルミが、
この会社の製品用に友人のデザイナーである
マイヤ・イソラへデザインを依頼したところ、
出来上がってきたデザインは
ケシの花がモチーフになっている極めてカラフルで斬新なものでした。
(現在マリメッコの代表的なデザインともいえる「UNIKKO-ウニッコ-」デザインでした。)

 

今でこそマリメッコを代表するデザインですが、
創業者のアルミ・ラティア氏は、当時花柄の生地を作るのに反対でした。
そのときマイヤ・イソラが「これを見てもそう言えますか?」と提案し、
納得させたという伝説の秘話があります。

 

※プリントファブリックの会社・・・創業当初は生地屋さん。
(現在はファッションアイテムをはじめ食器やテーブルクロスなどキッチンアイテムも充実しています。)

このデザインを活用するために、アルミらは新しい会社を興すことにし、
1951年にマリメッコが設立されました。
社名は「小さなマリーのためのドレス」という意味があります。

 

1952年には最初の直営店をオープン。
1956年にはフィンランド国外への輸出が始まり、
国際的にも認知されるようになっていきました。

 

とりわけ1960年のアメリカ大統領選挙で、
ジョン・F・ケネディ候補夫人のジャクリーン・ケネディが
マリメッコのドレスを愛用していたことが
雑誌の表紙に起用され報道された事がキッカケで、
アメリカでの知名度が急上昇しました。

 

1970年代には設備の近代化や、ライセンス生産の拡大などで成長したが、
創業者のアルミが1979年に死去し、
1985年にはフィンランドの企業、アメル・グループに買収され、
マリメッコは一時低迷の時期を迎えました。

 

しかしその後、
1991年にキルスティ・パーッカネン の率いる
ワーキデア によって再び買収され、
CEOに就任したパーッカネンの下で再建を果たしました。

 

2012年には、
創業者アルミ・ラティア氏の生誕100周年を記念して、
フィンランド造幣局からマリメッコの10ユーロコインが発行されました。
(ちなみに10ユーロは大体の日本円換算で13円ほど。為替変動あり)
すでに販売は終了していますが、その年の7月には日本にも上陸し、
輸入コインを取り扱う会社から10,500円で販売されていました。

 

2013年の段階で、
マリメッコは世界各地に133の直営店を持ち、
約40の国でその商品が販売されています。

主要な市場は北米・北欧・アジア太平洋地域であり、
2017年現在日本国内には33の店舗があります。
近年、鹿児島にも天文館に進出してきました。

 

そして、今もなお
昔も今も変わらない大胆で個性的なファブリックは、
アン・ハサウェイやテイラー・スウィフトなど海外セレブの愛好者も多く、
世界中にファンを持つブランドのひとつです。

 

6、まとめ

近年、日本でも『北欧』の商品が数多く見られるようになりました。
本来、北欧の人たちは、質素な生活を好む傾向にあり、
昔から豪華なデザインを好まず、シンプルで使いやすいものを
長く使うという考えで暮らしてきました。

そしてそれは、日本人にも共通しています。
「わび・さび」に例えられるような、
質素でシンプルな暮らしを好んできた文化があるといえるでしょうね。

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